原状回復と敷金返還請求訴訟(賃貸借契約)
本日は、賃貸借契約における原状回復と敷金返還請求について軽くまとめました。少し長くなりますので、興味がない方はスルーしてください。なお、今回は賃借人(借主)側からの視点となります。
原状回復
「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。))がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」(改正民法621 条) → これが「原状回復義務」である。
(1)賃貸借終了に伴う損耗の発生
賃貸借契約が終了すると、通常、建物に以下のような損耗が発生する。
① 自然損耗・・・時間の経過による建物・設備等の自然的な損耗
(具体例)日照による畳やクロスの日焼け
② 通常損耗・・・賃借人が通常の使用をしたことにより生ずる損耗
(具体例)家具の設置よる畳やCFのへこみ
③ 特別損耗・・・賃借人の故意、過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超
えるような使用による損耗
(具体例)クロスへの落書き
(2)損耗に関する修繕費の負担
損耗に関する修繕費の負担については、基本的には、民法621 条の規定どおり。
① 自然損耗 → 原則として賃貸人が負担
② 通常損耗 → 原則として賃貸人が負担
③ 特別損耗 → 原則として賃借人が負担
簡単に言うと、自然又は通常の使用により生じた損耗は家賃の中に含まれているので、退去時に支払う必要がないということになります。特別損耗に該当する場合にも、「賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させることとするのが適当である。」としている。(原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン)(国土交通省住宅局)
しかし、退去時に高額の原状回復費用を請求される事例もあり、賃借人が一般消費者である場合、事業者である賃貸人や不動産管理会社などとの間には情報の質及び量並びに交渉力に格差があるため、賃借人が賃貸人と対等な交渉を行うことは難しく、賃借人が「泣き寝入り」しているケースも少なくないものと思われます。
ご相談時にご確認したいこと、ご用意いただきたい書類
1 賃貸借契約書の確認(できれば、重要事項説明書も)
2 滞納賃料などの有無
3 家賃保証契約の有無
4 解約の申入れ時期
5 退去時の立会いの有無等 (通常、賃貸借契約が解約された場合、賃貸人や管理会社(不動産業者など)の担当者などとともに賃貸物件の退去立会いがなされることが多いが、その際、賃借人が管理会社などから「退去確認書」や「退去時敷金等精算書(兼)承諾書」などの書類を提示され、署名を求められることがある。→ 裁判手続になった場合、賃借人が当該書面に署名しているからといって、裁判所が必ずしも賃借人が原状回復費用の負担について納得していると考えるわけではないが、影響を受ける可能性がないとはいえないので、注意が必要です。)
6 原状回復費用の請求書や敷金精算書など
7 入居時の写真など
8 物件の間取り図
入居前からの傷がある場合、写真を撮っておくことが大事です、写真があるのかないのかでずいぶん変わってきます。
主な流れ
1請求されている価格が適正か確認する(経過年数の減価割合等)
2 通知書の作成及び送付
その後
・示談
・敷金返還請求訴訟(敷金がある場合)
・相手方の訴訟提起を待つか、債務不存在確認訴訟を提起する(敷金がない場合)
・民事調停の申立て
主に上記のどれかの流れになると思います。(訴状、答弁書、調停申立て書等作成)
お困りの際は、お気軽にご相談ください。(法テラスもご利用出来ます)
司法書士 桜井
敷金返還請求や原状回復については沢山の判例がございます、有名な裁判例を1つ掲載しておきます。
:最高裁平成17 年12月16日第二小法廷判決(集民第218号1239 頁、判例時報1921号61
頁、判例タイムズ1200 号127 頁、裁判所Web、再改訂版ガイソライン[事例24]等)
「(1)賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務が
あるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容と
するものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているもの
である。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる
賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償
却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そ
うすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせる
のは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるために
は、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自
体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭によ
り説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その
旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解する
のが相当である。」
「(2)これを本件についてみると、本件契約における原状回復に関する約定を定めているのは本件契約
書22 条2 項であるが、その内容は上記1(5)に記載のとおりであるというのであり、同項自体にお
いて通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されているということはできない。また、同項におい
て引用されている本件負担区分表についても、その内容は上記1(6)に記載のとおりであるというの
であり、要補修状況を記載した「基準になる状況」欄の文言自体からは、通常損耗を含む趣旨であ
ることが一義的に明白であるとはいえない。したがって、本件契約書には、通常損耗補修特約の成
立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないといわざるを得ない。被上告
人は、本件契約を締結する前に、本件共同住宅の入居説明会を行っているが、その際の原状回復に
関する説明内容は上記1(3)に記載のとおりであったというのであるから、上記説明会においても、
通常損耗補修特約の内容を明らかにする説明はなかったといわざるを得ない。そうすると、上告人
は、本件契約を締結するに当たり、通常損耗補修特約を認識し、これを合意の内容としたものとい
うことはできないから、本件契約において通常損耗補修特約の合意が成立しているということは
できないというべきである。」